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高円宮殿下メモリアル 第13回日本マスターズオーケストラキャンプ
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於 京都府立府民ホール・アルティ |
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曲 目 |
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モーツァルト:ディヴェルティメントK.138
バーバー:弦楽のためのアダージオ
林光:裸の島
武満徹:黒い雨 |
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出演者 |
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《講師》
森 悠子(ヴァイオリン)
野村朋亨(チェロ)
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16組のクァルテットの「共創」から生まれた「至福の響き」
第13回音楽監督 西脇義訓
第13回マスターズオーケストラキャンプ(MOC13)は、前回までの第一生命ホール(東京都)から初めて京都に会場を移し、2月9日から11日までの3日間、京都府民ホール・アルティで開催された。
メイン講師に森悠子氏(以下YUKO先生)を迎え、音楽監督は西脇が務めた。
2人のコンビによるマスターズは7年ぶり3回目で、<交響する瞬間を求めて>は共通のテーマ。指揮者に頼らない自発的なアンサンブルを目指し、冒険的な試みを数多く行ってきた。
昨年に引き続きチェロの野村朋亨氏も講師をつとめた。YUKO先生はオークレール、野村氏はナヴァラと2人とも弦楽器奏法の原点ともいえる、フランコ・ベルギー派の真髄を体得されている。
課題曲は、モーツァルト/ディヴェルティメントK.138、バーバー/弦楽のためのアダージオ、林光/裸の島、武満徹/黒い雨の4曲。
昨年から、MOCは45歳以上の制限を外しているので、若い人の参加も増えた。
今回特筆すべき点は、「ワークショップ〜新しい学びと創造の場」(岩波新書)の著者、中野民夫氏にも講師に加わっていただいたことである。
中野氏は昨年4月から同志社大学の教授に就任したが、それ以前は博報堂で、TCC(トヨタ・コミュニティ・コンサート)を長らく担当されており、JAOとの縁があった。
1日目は開会式のあと、中野氏のリードによる「チェック・イン」で始まった。数人のグループで「キャンプに対する期待ものは」などが話し合われたあと、参加者全員が大円形となり右手で左の人の脈(心臓の鼓動)をとり、全体は一つになった。(写真1)
そのあと、Yuko先生の指導でストレッチ、呼吸、脱力運動がおこなわれ、静寂(しじま)の中からキャンプは始まった。(写真2)
メイン講師は昨年の林徹也氏からYUKO先生に変わったが、「音色を究める」は共通のテーマであり、林氏が使用したベートーヴェン/弦楽四重奏曲をテキストに、野村氏がリードして響き(ハーモニー)の復習をする。
次のセッションでは、特に右手の弓とボウイングが音色を生みだす源であることを、YUKO先生が実際に弾きわけながら示された。(写真3)
バロックの時代から現代にいたるまで、ヴァイオリン奏法と弓の構造がどのように変化したか、これだけ具体的に示すことができる人はUKO先生を置いて世界にもいないだろう。イタリア、フランス、ロシア、ドイツ、チェコ、アメリカ、弓を押さえつける日本の奏法や、胡弓を思わせる中国のなど、国や派(スクール)による奏法の違いから生み出される、音色の多彩な変化は驚くばかりだ。
次のセッションでは野村氏のリードでバーバー「弦楽のためのアダージョ」が演奏された。この曲は故ケネディー大統領の葬儀に使用されたことでも知られているが、魂の叫びともいえるクライマックスの持続音の強奏で、自分の音ではなくホールの響きを聴くようにアドヴァイスがある。
1日目の最後は、武満徹の3つの映画音楽から「黒い雨」がYUKO先生のリードで行われた。「黒い雨」は広島の原爆がテーマ。
7年前のMOC4では、武満徹の「レクイエム」を取り上げたが、その折に紹介したように、武満さんは毎日バッハのコラールを弾いてから作曲に取りかかられた。今回もバッハのマタイのコラールを何曲か演奏してから「黒い雨」を演奏した。
そのお陰か、最初から深く溶け合った響きがホールに満ちた。
YUKO先生は、フランス国立新放送管弦楽団(現フランス国立放送フィル)時代に、武満徹を含め、メシアン、など現代音楽を沢山演奏されてきた。その経験からテンポや拍子がめまぐるしく変わる現代作品の練習の仕方を示された。
そして、締めくくりはチェック・アウト。今日得たことや、問題点を話しあって1日目を終了した。
2日目の午前は中野氏と私の2人によるセッション。実は、MOC4でも中野氏のアドヴァイスを受けており、私とYUKO先生の冒険的な試みのバックボーンになっていた。
チェックインのあと、中野氏から「ワークショップ」は「共創」の意であり、「聴き合う」「響きあう」そして「調身、調息、調心」が共創のキーワードとして示される。そのあとストレッチ運動で体を伸ばしたり、脱力をしてしばし瞑想。まるで深い森の中にいるような静寂(しじま)が訪れる。(写真4)
中野氏にはもう一冊「ファシリテーション革命 」(岩波アクティブ新書)がある。「ファシリテーション」は「共創促進」の意であるので、中野氏は今回のキャンプのファシリテーターをつとめていただいたことになる。
良くオーケストラはクァルテットの拡大形であると言われる。しかし、実際にはパート・リーダーや隣りの奏者に合わせることになりがちで、いわばパート毎の「縦割り」になっている。今回の参加者は、チェロとヴィオラが16人、ヴァイオリンが38人、コントラバス7人だったので、16組のクァルテットを編成し、客席を取った平土間に円形に大きく配置した。(写真5)
中野氏からいろいろなリクエストがあり、コントラバスからチェロ、ヴィオラなど順番に音を重ねていったり、遠く4隅にクァルテットを配置して演奏したり、照明をおとしたりと様々に試みながら、時折廻りのひとたちと感想を述べあう(写真6)など、双方向のコミュニケーションも図られていく。響きが次第に深くなる。
最後は平土間の壁際に全員がひとつの大きな円になって演奏(写真7)した。圧巻は全員後ろ向きになって演奏したバッハのマタイ受難曲のコラール。今まで誰も経験したことのないような響きが天井から降り注ぐ。ひとりひとりが自立して演奏しながら、全体は一つに調和している。これぞまさに「共創」の響きと言えるのではないか?
「至福を追求と社会変革」が中野さんの大学でのメイン・テーマだが、「至福の追求がオーケストラ変革」ももたらす可能性を感じさせる瞬間であった。
2日目午後のセッションは「裸の島」で始まる。YUKO先生はパリに留学した70年台のはじめにパリで映画「裸の島」をみて感激。映画「裸の島」は瀬戸内海の小島を地主から借り、本島から毎日水を運び、過酷な自然と闘いながら畑を開墾して生活する夫婦と2人の子供の物語。セリフはまったくない。背景に滔々と流れる音楽をいつか弦楽アンサンブルで演奏したいという思いが叶い、長岡京室内アンサンブルが作曲者が林光さんに委嘱してできた、「弦楽アンサンブルのための3つの映画音楽」の1曲である。武満徹の「3つの映画音楽」に倣って作曲されたが、残念なことに昨年作曲者の林光さんと映画監督の新藤兼人氏は昨年相次いで鬼籍に入られた。
演奏に先立ちピアノの名手でもあった林光さんの晩年のピアノ・リサイタルで演奏した「裸の島」をビデオをみる。スゥイングをしながらの演奏は見事で、Yuko先生はその演奏に触発されて初演とは解釈を変えてリードした。
2日目午後の後半と、3日目の午前はモーツァルトを取り上げた。YUKO先生はモーツァルトでは一転喜びを体一杯に表現するようにリードというより扇動していく。演奏者はチェロ以外は立ち、文字通り飛びはねて演奏したりもした。そこから軽やかに踊り、喜びに満ちたモーツァルトが溢れでた。(写真7)
3日目の午後は「公開リハーサル」ということで、一般の方も100名程入場された。まず来場者といっしょになって中野氏のリードでウォーミング・アップの体操をし、静かに呼吸を感じていると会場とオーケストラが自然にひとつとなる。(写真8)
前半は半円形にランダムに並び、野村氏がバーバーを指導(写真9)後半は16のクァルテットをほぼ四角に配置して演奏(写真10)、 来場者と共に冒険的な配置や、そこから出てくる多彩な響きを一緒に体験した。
キャンプの最後にチェック・アウトを行った。「このキャンプで期待したもの」の成果があったか、相互に話し合われた。
最後に参加者全員で花道を作り講師を送り出すといううれしい演出もされた。
3年前に亡くなられた森下元康元理事長は、このキャンプの生みの親でMOCの音楽監督でもあったが、「交流の時間を確保して欲しい」という希望をされていた。今回中野氏にファシリテートしていただいたことで、その願いは十分に叶えられたと思う。
参加された方々は3日間のキャンプを通じて、通常のオーケストラ活動からは得られない体験を数多くされたと思う。
リーダ役の方も多いと思うので、今後のオーケストラ活動に是非生かしていただきたいと願っている。
最後に、MOC4とMOC6では全面的に任せるということでMOC副音楽監督をつとめ、昨年のMOC12と今回のMOC13では音楽監督を務めさせていただいたが、いつも無茶苦茶な提案をし、キャンプ当日もいろいろ変更したりしたにもかかわらず、JAO本部の足木理事長、須藤事務局長、伊藤さん、実行委員長の小倉さん、実行委員の若尾さん、そして多くのスタッフの方々が一丸となって推進していただきました。
ここに、深く感謝を申し上げます。
これらの冒険的な試みは、プロのオーケストラでは暴動が起きるので、まず実行できないと思う。
(写真:相田憲克 1-4,5-9 小倉千秋 5,10)
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